五十井まさ子歌集 渋谷道玄坂




五十井まさ子歌集
渋谷道玄坂

洪水企画発行 草場書房発売
A5判 上製本 148頁
定価(本体1800円+税)
ISBN978-4-902616-38-5 C0092
                                            送料無料


五十井まさ子(いかい・まさえ)

大正十三年二月十六日兵庫県美方郡小代村字神水にて父井上精造、母井上喜代の三女として生を受ける
最終学歴 兵庫県立豊岡高等女学校家庭専攻科終了
昭和二十年四月二十九日 五十井健治と結婚
昭和二十年終戦後上京、商いを始める
昭和四十八年 短歌結社「新月」に入会
平成元年 第一歌集『健也よ』(現代出版社)刊行
平成三年 短歌文芸誌ぱにあ創刊に参加、主要同人として現在に至る



『渋谷 道玄坂』帯より

この二十年間の労作は、五十井ご夫妻の支え合って生きた道程であると同時に、個人の問題としての認識に留まらず、戦後を如何に生き抜いて来たか、という私たちの、ひいては世界の人々へのメッセージも込められている。妻として母として、古き良き時代の教えを継承し全うした著者の、夫唱婦随の姿勢には学ぶべき多くがある。老いゆく自覚は切ないが、本来の不屈の精神が時折り放つ光芒の明るさに救われる。(秋元千恵子)



(作品抄)

道玄坂夏の陽灼くる露店にて食用蛙を売る夫婦ありき
「辛抱の上に咲く花」父の声に背(せな)を押される老いゆく今も
街上に白萩の花売られおりしみじみと見るわが母の花
冬山を天翔けおらむわが息子カメラ背負いて尾根見下ろして
看取りくれる娘のあるを喜ばむ 屋上の木草に堆肥ほどこす
重き荷を負うが如くに背をまるめ前ゆく夫よもう楽(らく)しましょう
修羅の界幾つか越えて現在をあり 西空を染め今日の陽は没る



『渋谷 道玄坂』あとがきより

渋谷道玄坂は私達二人の商人としての原点である。昭和二十年四月二十九日結婚、そして五月十日召集令状により夫は金沢東海九十九部隊に入隊した。戦争中の事とて、こういう事は日常茶飯事の頃であった。大東亜戦争敗戦、夫の帰還は九月初旬の頃であった。私達の人生の出発は戦争の最中に始まった。考えてみると、人間生きているという事自体が戦いでもあろう。人生訓の中に「苦労は若い頃にしろ」という言葉があるが、その通りだと思う。
今九十歳を過ぎた夫と歩んで来た道程が走馬燈の様に回り始めた。
当時兵庫県立豊岡高等女学校の地理・歴史の教諭であった夫は、マッカーサー司令部の命令により廃止となった教課を変えてまで教育者としてとどまる気持は無いと、商人として戦後を生きて行こうと決心した様だ。
生後二ヵ月の赤子を満員の山陰線の網棚に乗せ上京したのがまだ昨日の様に思い出す。あれから六十年余の歳月が過ぎている。
夫が商人として先ず始めたのは、豊岡市の名産「杞柳(きりゅう)製品」で出来た子供用バスケットであった。当時東京では珍しかった様だ。
百軒店のマーケットの中が私達の店舗兼住宅だった。そのバスケット、他の杞柳製品も店先に列べ、私は店番、夫は卸しと商人の幕を上げた。そのバスケットが結構商売になった事をなつかしく思い出す。
子供達の成長と共に住宅を考え始めた夫は都営住宅を世田谷に決めて来た。小さな庭があってそこに池を掘り鯉を二匹泳がせ、得意気だった。その頃夫は渋谷道玄坂に屋台を一軒買い焼鳥の店を始めた。やがて二軒の屋台がマッカーサー司令部の命により、廃止となり、全員今の渋谷駅前飲食店街に移る事となった。それを機に不動産会社に勤め始めた夫は、不動産業の資格を取り、今に至っている。
短歌との出会いは、世田谷通りに小さなビルを建て貸ビルとした二Fを、秋元さん御夫婦にお貸しした事から始まった。「スナック現代」此所にて歌人の上田三四二先生と関西の短歌結社の主宰加藤知多雄先生にお会いし、私の学生の頃よりあこがれていた短歌のお話に引き入れられたのが始まりである。
私達二人の人生の最悪事、長男健也の死、その時の悲しみを短歌に思い切りぶつけ、立ち直れたのを思い出す。私の第一歌集『健也よ』がそれである。加藤先生が記して下さった序文を拝読させて頂き、当時の先生のお姿をなつかしく思い出す。
夕方の散歩に歩む夫の背中を見ながら「お互い頑張ったね」と声をかける。難聴の夫には聴こえないが、桜の花びらがそれに答えてくれるかのようにひらひらと肩にふりかかってくれた。
平成元年、『健也よ』の「あとがき」に私が書いた「健也よ、母は精一杯生きて、歌の中でお前と共に生涯語り合えるよろこびを期待している。それには歌を作り続けなければね」という亡き健也との約束も果し得た充実を感じている。





                                                      

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